東京工芸大学
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工芸ヒストリー23

風工学研究センターを開設

学術フロンティア、COEプログラムの拠点として研究を推進

 1974(昭和49)年に工学部に設置された建築学科は、テクノロジーとアートの融合を推進し、社会に貢献するという本学の建学の精神を体現する学科の一つである。
 2019(令和元)年度には、専門領域を越えて学際的かつフレキシブルな学修を可能とするとともに、情報化社会に対応した情報処理系科目や、本学の特色である工芸融合科目を共通で学修できるようにすることを目的とした工学部の学科再編にともない、工学科(建築学系)建築コースに改称している。
 現在の建築コースでは、建築における「設計」「構造」「環境」の3分野をバランスよく学修できる点が特徴だ。そこでは、建築設計学や建築材料学のような実際に建築を設計し建設するための基礎知識を修得するための科目に加え、環境工学、構造工学、建築構造学などの工学系の科目や、建築史や建築意匠、建築法規のような人文・社会系に近い科目もあり、さらに全ての分野で必要とされる素養として設計・計画を図面や模型を用いて表現する技術を学ぶ。
 本学の建築コースでは、少人数制のきめ細かな指導により、建築の基礎知識に加え、得意分野に合った専門知識を学ぶことで、幅広い建築の専門家を育成していくことを目指している。
 そして、特筆すべきユニークな点は、都市空間や建築物に対する風の作用などについての教育と研究に力を入れてきたことである。

 2000(平成12)年、首都圏を中心に続々と誕生していた超高層ビルや都市開発において、「風」がどのように作用し、建築にどのような影響を与えるか調査・研究を進めることが急務であるとして、「風工学研究センター」が設置された。同センターは、風工学に関する教育研究活動を積極的に進め、産官学を問わず国内外の教育研究機関と広く共同研究を実施し、着実に実績を積み上げてきた。
 本稿では、常に風工学の分野で最先端の研究を推進し、確固たる地位を築いた風工学研究センターについて紹介しよう。

学術フロンティア推進拠点に採択

 本学に風工学研究センターが設立されたきっかけは、文部省(現在の文部科学省)が私立大学の学術研究の高度化を推進する事業のひとつとして、1997(平成9)年度に「学術フロンティア推進事業」を立ち上げたことであった。これは、私立大学の中から、優れた実績を上げ、将来の発展が期待される卓越した研究組織を「学術フロンティア推進拠点」として選定し、内外の研究機関との共同研究などを促進することにより、私立大学の研究基盤を強化することを目的とした事業である。
 研究期間は原則5年間で、研究施設の建築費や研究装置・設備費などの一部を初年度に補助し、その後は研究費と研究スタッフ経費などを補助するというものだ。
 本学では学術フロンティア推進事業が開始される以前から、科学研究費助成事業(科研費)などの助成を受けて風に関する研究を続けており、建築学科ではゼネコン各社などと共同研究を進めていた。「風工学」という先端的で特色のある取り組みを深化させていくために、文部省が進める学術フロンティア推進事業による補助を活用するアイデアが出たのは自然な流れであった。

 2000(平成12)年度の学術フロンティア推進事業に補助申請を提出し、同年5月30日に開催された理事会で、「強風災害低減システムの構築」「通風設計法の構築」「空気汚染問題と評価システムの構築」という3つのテーマが選定されたことが報告された。そして、「風工学研究センター」を設立することが決定されたのである*1。

厚木キャンパスに風工学研究センターを設立

 風工学研究センターは、施設の拠点を本学大学院工学研究科のある厚木キャンパスに置き、これまで培ってきた風工学に関する先端的な知見とユニークな実験施設を国内外で広く活用することで、風工学と関連学術分野のさらなる発展と人材育成に貢献することを目的とした。
 共同研究機関には、国内外の大学、国公立や大手ゼネコンなどの研究機関が名を連ね、様々な共同研究プロジェクトに取り組んだ。
 共同研究を通じて、台風や竜巻による都市や建築物の被害の低減、省エネルギーのための自然換気を利用した通風設計、室内外の空気汚染の改善などを進めることを目指した。
 2000(平成12)年9月に建設が着工した風工学研究センターの施設は、2001(平成13)年3月に竣工し、同年5月15日には開所式が挙行された。

風工学研究センターに設置された大型乱流境界層風洞実験施設

 風工学研究センターは、2000(平成12)年から2008(平成20)年までの8年間にわたって、学術フロンティア推進事業に採択され、風工学分野で本学の研究と産官学を問わず国内外の教育研究機関と共同研究を深めていった。

アクティブ制御マルチファン人工気候室
48台のファンを個別制御し、任意の風速変動・風速分布を作り出し
発汗サーマルマネキンを使うなどして様々な被験者実験を行うことができる

 風工学研究センターの成功は、他の研究事業にも良い影響を与えていった。2001(平成13)年には「高機能分子システムの機構解明・設計・開発」の提案が学術フロンティア事業に選定され、ナノ科学研究センターが設立された。同センターでは、新しい高機能化学の分野に貢献することを目指した最先端のナノ科学研究拠点として、学内外の多様な専門家・研究者とともに研究プロジェクトに取り組んだ。

COEプログラムに連続して採択

 風工学研究センターの活動は、文部科学省が2002(平成14)年に開始した「世界的研究教育拠点の形成のための重点的支援-21世紀COEプログラム-」にもつながっていった。21世紀COEプログラムとは、グローバル化の中で、国際的な研究水準を持つ大学を、その専門領域の教育研究の中心となる組織として選定し、政策的に育成することを目的とした事業である。

 すでに学術フロンティア推進事業で研究を深めていたことが、21世紀COEプログラムの補助を獲得することにつながった。2003(平成15)年度に「都市・建築物へのウインドイフェクト」プロジェクトが21世紀COEプログラムに、2008(平成20)年度には「風工学・教育研究のニューフロンティア」プロジェクトが、文部科学省の新たな補助事業である「グローバルCOEプログラム」に採択された。
 2007(平成19)年度から始まったグローバルCOEプログラムは、日本の大学の教育研究機能を一層強化し、国際競争力のある大学づくりの推進を目的とする文部科学省の研究拠点形成補助金事業である。それまでの21世紀COEプログラムの考え方を基本に、採択件数を絞る一方で、一拠点あたりに配分する補助金を増額して、より高度で先端的な取り組みを深化させることを狙っていた。
 本学が応募した2008(平成20)年度には、130大学315件の申請があり、そのうち29大学68件が採択された。国立大学からの提案が約80%を占める中、本学の取り組みは風工学というユニークな視点が大いに評価されたと言えるだろう。

風工学研究センターの竜巻シミュレータ
シミュレータ内に気流を発生させ、竜巻によって家屋倒壊に至る
プロセスなどを検証できる

 2013(平成25)年度には、風工学研究センターは文部科学省の「共同利用・共同研究拠点」における「風工学共同研究拠点」として採択された。共同利用・共同研究拠点とは、日本の国公私立大学の附置研究所・施設のうち、国から重点的に予算配分が行われ、大学の枠を越えて全国の研究者が共同利用できる拠点であり、日本の学術研究レベル向上を目指す観点から文部科学省が認定している。
 このような風工学研究センターの学術フロンティア推進事業、さらには21世紀COEプログラムとグローバルCOEプログラムを通じた教育研究の大きな成果により、「風工学といえば東京工芸大学」といわれるまでになっていった。

 また風工学研究センターの活動成果を受け、2010(平成22)年には、大学院工学研究科の「建築学専攻」を「建築学・風工学専攻」に改称した。建築学の教育研究を基礎としながら、強風災害低減のための耐風構造や、建築物内外の風環境などの研究も可能な専攻としたのだ。これにより、風工学という都市と建築に関わる高度で特殊な技能を有する技術者や研究者を養成するようになった。

 世界各国で都市化が進んでいく一方で、地球温暖化の影響による台風などの自然災害は激甚化している。特に都市空間における風の影響を研究していくことは、日本のみならずグローバルな環境でますます重要になりつつある。
 風工学研究センターが実施してきた建築物の空力特性に関する風洞実験データは「東京工芸大学空力データベース」として公開されている。すでに1万件以上のデータが公開されていて質・量ともに群を抜いており、世界中で研究者が利用したり、建築設計の実務でも活用されたりしている。こうした社会的価値のある研究成果を提供を続けていくことは、風工学に力を入れてきた本学の責務であろう。

 風工学研究センターの研究は、人々の身近な生活にも密接につながっている。2020(令和2)年から猛威を振るった新型コロナウイルス感染症(COVID‑19) の対策では、室内換気の重要性が認識され、2020(令和2)年5月から風工学の知見を生かした実験を行い、日本建築学会や風工学研究センターのWebサイトにて実験データと感染対策への提案を公開した。「パーティションによるエアロゾル遮蔽効果」という研究*2では、マイクロ飛沫と呼ばれるエアロゾル粒子による感染経路(エアロゾル感染)に関して、オフィスなどに設置されるパーティションがどのような効果を果たすか人工気候室で実験を行い検証した。教育機関としてコロナ禍における感染症対策という喫緊の課題に取り組んだ成果は、新型コロナウイルス感染症対策分科会でエキスパートオピニオン(専門家)として資料が採用されるなど、社会の安全・安心のために役立てられたのである。

人工気候室における「パーティションによるエアロゾル遮蔽効果」を評価する実験

 風工学研究センターをはじめとする本学の各研究センターは、大学における「知の創造」の場として、長年培ってきた研究成果を基に、より良い社会を築いていくために貢献し続けていくのである。

註:
*1 風工学研究センターは、学術研究上の重要な役割を果たす大学の附置研究所に位置付けられる。大学における附置研究所は、学術研究の動向や経済社会の変化に対応しながらその機能を十分発揮し、高い研究水準を維持するために各大学に設置されている。

*2 「パーティションによるエアロゾル遮蔽効果に関する実験」
(https://www.collaborate.wind.t-kougei.ac.jp/document/JURC_211028.pdf)


参考文献:
風工学研究センター パンフレット


取材協力:
小林信行 名誉教授
田村幸雄 名誉教授

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