東京工芸大学
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工芸ヒストリー26

色の国際科学芸術研究センターを開設

「色」を研究する国内唯一の研究拠点

 1923(大正12)年に設立された本学は、当時最先端のメディアであった写真の我が国初の専門高等教育機関である小西寫眞専門学校を原点として、工学(テクノロジー)と芸術(アート)の融合を推進し、社会の発展に貢献をすることを理念としてきた。創立以来培われてきた「工芸融合」という理念は、工学部と芸術学部という2つの学部を擁する総合大学となった現在においても、本学の教育と研究における際だった特色である。

「真の工・芸融合」を目指す

 2016(平成28)年に学長に就任した義江龍一郎(よしえりゅういちろう1961- )*1は「Excellent University, 真のNo.1, オンリーワン大学を目指して」という学長方針を掲げ、教育力No.1、学生の成長No.1、進路支援No.1、研究活動の活性化等を目指した。中でも一番に取り組んだのが「真の工芸融合の実現」だった。

義江龍一郎学長

 義江は、教育と研究の両面において工芸融合を推進するという創立以来の理念を深化して、本学が持つ独自性と潜在能力を生かしていくには、さらなる工学部と芸術学部の連携が重要だと感じていた。歴代の学長も工芸融合を提唱してきたが、これまで以上に連携を強めていくために、義江は文部科学省が2016(平成28)年に公募を開始した「私立大学研究ブランディング事業」に挑戦することで工芸融合を一層進めていこうと考えた。
 私立大学研究ブランディング事業とは、学長のリーダーシップの下、大学の特色ある研究を基軸に、全学的な独自色を大きく打ち出す取り組みを行う私立大学を、文部科学省が重点的に支援する事業である*2。

 この事業に応募するテーマについて、義江には2つのアイデアがあった。ひとつは「風」だった。本学の風工学研究センターは文部科学省のグローバルCOEにも採択された世界最高水準の教育研究拠点である(第23話参照)。義江自身も風工学研究センターの一員として、グローバルCOE事業を推進してきた。この研究センターを核として風工学だけでなく、風をテーマとした芸術の領域にまで拡張してはどうかと考えたのである。
 そしてもうひとつは「色」だった。色は、本学のルーツである写真、印刷、光といった学問分野に通底している。また「色」は芸術の基本要素のひとつでもあり、全学的な教育研究の取り組みが可能だと考えたのだ。

学生の卒業制作作品「紅」がきっかけに

 この2つの間で悩んでいた時に義江が見たのが、本学芸術学部映像学科の学生であった佐々木麻衣子*3が、卒業研究として制作したドキュメンタリー映画「紅」(べに)だった。
 「紅」は、日本古来より口紅や衣装の染色に用いられてきた紅の色素が、紅花から抽出されていく伝統的な工程を、化学や光学に基づく科学的な検証や、美しい日本の原風景を織り交ぜながら描いた短編映画であり、2016(平成28)年の第57回科学技術映像祭で内閣総理大臣賞を受賞していた。この作品には、科学的根拠を与えるための実験で工学部の教員が協力しており、まさに工芸融合が生み出した成果だったのである。

第57回科学技術映像祭で内閣総理大臣賞を受賞した佐々木麻衣子監督作品「紅」
35ミリカラーフィルムで撮影された16分33秒の短編ドキュメンタリー映画

 この作品を見終わった義江は、私立大学研究ブランディング事業のテーマを「色」でいこうと決心した。本学らしいブランディングの取り組みとして、「色」の研究を全学的に推進する研究センターを設立し、併せて「色」の研究成果をメディア芸術の手法で親しみやすく伝えられる常設のギャラリーを設置することで、工学部と芸術学部を持つ本学ならではの事業を展開しようと考えたのである。

 申請書に記載する事業タイトルは「色で明日を創る・未来を学ぶ・世界を繋ぐKOUGEIカラーサイエンス&アート」という希望に満ちたものとした。2016(平成28)年度の私立大学研究ブランディング事業には、全国の私立大学から198件もの申請があったが、本学の申請は、約5倍という厳しい競争倍率を勝ち抜き、しかもS判定という一番高い評価で採択された。

色の国際科学芸術研究センターの事業展開図

国内唯一の「色」の国際的な研究拠点

 採択を受けて2016(平成28)年に設置された「色の国際科学芸術研究センター」は、本学のルーツである写真、印刷、光学といった学問分野に根差し、今日の工学部と芸術学部の二つの学部に共通する全学的な研究テーマとして「色」を取り上げた。

本学ロゴや東京2020オリンピック・パラリンピックのピクトグラムでも知られる
グラフィックデザイナー廣村正彰(当時、芸術学部デザイン学科教授)のデザインによるロゴタイプ

 本来、工学と芸術は別個の学問ではなく、互いが相乗効果の中で発展してきたものである。写真、映画、CG、インタラクティブアートなどは、その時代の最新のテクノロジーを無くしては発達し得なかったものだ。特に「色」という領域横断的なテーマにおいては、本学の特長である工学部と芸術学部の両学部教員の共同研究によって、新しいテクノロジーの開発や新たなアートの表現が生まれてくる。
 色の国際科学芸術研究センターは、「色」に関するテクノロジーからアートの幅広い領域を学際的に研究する拠点として、「色と心理や感情」「色と教育」「色と健康・医療・介護」「色と文化財・芸術作品のデジタルアーカイブ保存」「色とメディアアート」「色と建築」「光学素子、デバイス開発」など、多種多様な研究テーマを網羅し、まさに本学の目指す「工芸融合」を体現する研究組織として活動してきた。

楽しく学ぶ公開施設カラボギャラリー

 2017(平成29)年7月、色の国際科学芸術研究センターの研究成果を対外的に発信していくため、「色」について楽しく学ぶことができる公開施設として、厚木キャンパスに「カラボギャラリー」(col.lab Gallery)を開設した。
 カラボギャラリーという名称は、「Color=色」と「Laboratory=研究室、実験室」の二つの言葉を合わせると共に、工学部と芸術学部、そして国内外の研究機関や地域との広範囲な連携を目指して「Collaboration=共同研究、共同制作」の意味も込められている。
 カラボギャラリーは、写真、映像、拡張現実、プロジェクションマッピング、CG等の最新のメディア芸術の手法によって「色」に関するサイエンスと研究成果を情報発信する、「工芸融合」を推進する本学ならではの施設といえるだろう。
 カラボギャラリーのオープンに合わせて開催された第一回企画展示「色をつくる Creating Colors」では、「赤と何色を混ぜると緑色になる?」をサブタイトルとして、会場にライトアート、インタラクティブアート、印刷、伝統工芸など、さまざまな分野のアート作品やデザイン作品を展示した。色彩の生成過程を最先端のテクノロジーとアートの融合によって体験することで、「色」の多様性と神秘性の秘密を覗き見ることができるようにした。

カラボギャラリー第1回企画展「色をつくる Creating Colors」
2017(平成29)年7月22日~2018(平成30)年3月17日
色のサイエンスや研究成果をメディア芸術の手法で
大人から子どもまでわかりやすく伝える

 開設以来カラボギャラリーでは、年2回のペースで企画展を開催し、これまでに10回を数えている(2023年8月時点)*4。
 企画展はカラボギャラリーでの展示にとどまらず、第2回「色覚を考える Thinking about Color Vision」のように世田谷文化情報生活センター「生活工房」(東京)にて内容を拡充して「色覚を考える展 ~ヒトと動物の色世界」として開催されたり、第7回「ガウディの色と形Antoni Gaudi color and form」は、駐日スペイン大使館との共催により「SDGsの先駆者 アントニ・ガウディ 形と色-150年前からのヒント-」展として開催されたりするなど、その成果を学外でも数多く発信してきた。

駐日スペイン大使館「SDGsの先駆者 アントニ・ガウディ 形と色-150年前からのヒント-」
2022(令和4)年3月10日〜31日

 企画展の開催にあたっては、トークショーやワークショップなどの関連イベントも開催され、色の体験学習型教育を実践して、子供から大人まで「色」の科学的な面白さや芸術的な奥深さを体験してもらい、来場者の反応からまた新たな研究につなげるサイクルを確立したのである。

国際的な教育研究拠点としての活動

 色の国際科学芸術研究センターは国内の大学では唯一となる「色」の国際的な教育研究拠点として、ロチェスター工科大学(米国)、中国文化大学(台湾)、タイ王立チュラロンコン大学(タイ)、東フィンランド大学(フィンランド)など、「色」に関する研究機関を有する海外の大学との連携も積極的に図ってきた。

 開設以来、毎年度末には研究成果の発表を兼ねたシンポジウムを開催してきたが、2018(平成30)年度末には「The Interaction between Technology and Art on Color」をテーマとして、第一回目となる国際シンポジウム(平成31年3月15日)を開催し、義江が訪問するなどして交流を深めてきた中国文化大学、チュラロンコン大学、東フィンランド大学の教授3名を招待してプログラムを構成した。

第1回 国際シンポジウム「The Interaction between Technology and Art on Color」
チラシ

 翌2019(令和元)年度末に開催を予定していた国際シンポジウムは新型コロナウイルス感染症拡大の影響を受けて中止となったが*5、2020(令和2)年度にはオンライン開催により「第2回 国際シンポジウム2020-2021」(2021年3月19日)を実施した。
 2023(令和5年)3月4日には「第4回 国際シンポジウム2023」を開催し、「カラーサイエンス&アートの魅力 Fascination of Color Science and Art」をテーマに、サセックス大学(英国)のアンナ・フランクリン(Anna Franklin)教授、ルンド大学(スウェーデン)のアルムート・ケルバー(Almut Kelber)教授、立命館大学の北岡明佳教授、埼玉大学の栗木一郎教授による基調講演に加えて、本学教員による多彩な「色」に関する研究成果を報告したほか、ポスター・デモ展示も実施した。

 また本学での国際シンポジウムの他にも、2019(令和元)年8月には、フィンランドのエミール・クロイツ・セデール市営美術館にて、それまでのカラボギャラリーでの展示の一部を紹介し、シンポジウムを開催するなど、世界共通の普遍的な研究テーマである「色」を軸に、活発な国際交流を推進してきた。

エミール・クロイツ・セデール市営美術館でのシンポジウム、2019(令和元)年8月17日

「工芸融合」人材育成と情報発信

 色の国際科学芸術研究センターが進める事業は、2021(令和3)年度の「大学における文化芸術推進事業」にも採択されている。この事業は、文化庁が芸術文化活動を支える高度な専門性を有したアートマネジメント(文化芸術経営)人材を養成するため、芸術系大学による展覧会企画等も含めた実践的なカリキュラムの開発を支援し、そのカリキュラムを広く他大学などにも普及させることを目的としたものである。
 色の国際科学芸術研究センターでは、「アート&テクノロジーマネジメントにおける高度な理論及び実践力を持った工芸融合人材の育成」という申請で採択され、2021(令和3)年度と2022(令和4)年度には「アート&テクノロジーマネジメント講座」を実施した。
 この講座は、アートとテクノロジーの最先端の状況を学び、テクノロジーの進化によって変容し続けるアートの表現形態や社会的な位置づけを学ぶことで、アートマネジメント従事者がメディアテクノロジーや情報化社会に対する深い知識や洞察力を身に着けることを目的としたものだ。

アート&テクノロジーマネジメント講座

 2016(平成28)年の設置以来、「色で明日を創る・未来を学ぶ・世界を繋ぐKOUGEIカラーサイエンス&アート」という旗印の下、色の国際科学芸術研究センターの活動として「色」に関して行ってきた研究は82件(2023年8月時点)にも達している。
 色の国際科学芸術研究センターは、工学部と芸術学部を有するという本学の特色を活かした国内では唯一無二の教育研究拠点である。こうした取り組みを通じて、さらなる「工芸融合」を目指し、本学ならではの確固たる教育研究力を築いていくのである。
(文中敬称略)

・色の国際科学芸術研究センターWebサイトhttps://collab.t-kougei.ac.jp/


*1 義江龍一郎
1961(昭和36)年福井県生まれ。1984(昭和59)年に京都大学工学部建築学科を卒業。同年に前田建設工業株式会社入社。技術研究所で振動や風工学を研究し、1990(平成2)年より東京大学生産技術研究所受託研究員及び同研究所民間等共同研究員を兼務。1996(平成8)年に東京大学大学院より博士(工学)の学位を授与される。2004(平成16)年、東京工芸大学に教授として着任。2014(平成26)年より工学部長、風工学研究センター長を経て、2016(平成28)年4月から2020 (令和2) 年3月まで東京工芸大学学長を務める。

*2 私立大学研究ブランディング事業は、「タイプA:社会展開型」と「タイプB:世界展開型」の2つに分かれていた。「タイプA」は、地域の経済・社会、雇用、文化の発展や特定の分野の発展・深化に寄与する取り組みを支援するもので、3大都市圏以外に所在する地方大学か中小規模大学に限定して支援を行うものであった。「タイプB」は先端的・学際的な研究拠点の整備により、全国的あるいは国際的な経済・社会の発展、科学技術の進展に寄与する研究として、学際・融合領域・領域間連携研究等による新たな研究領域の開拓、生産技術の確立や技術的課題への大きな寄与、国際連携等のグローバルな視点での横断的取組、社会的ニーズに対応した知の活用等を目的とするものであった。本学は2016(平成28)年度の「タイプB」に申請し、採択された。

*3 佐々木麻衣子
2016(平成28)年に東京工芸大学芸術学部映像学科を卒業。2021(令和3)年に同大学院工学研究科工業化学専攻博士後期課程を修了し、博士(工学)の学位を授与される。

*4 カラボギャラリーでは、2017(平成29)年7月22日の開設以来、年2回のペースで企画展を開催している。
これまでに開催してきた企画展は以下の通りである。
第1回「色をつくる Creating Colors」 2017年7月22日~2018年3月17日
第2回「色覚を考える Thinking about Color Vision」 2018年4月7日~8月31日
第3回「色を探検する Explorer of Color」 2018年9月15日~2019年4月19日
第4回「小山泰介 レインボー・ヴァリエーションズ TAISUKE KOYAMA: RAINBOW VARIATION」 2019年5月25日~10月26日
第5回「色と対話するTalking with Color」 2019年11月19日~2020年4月25日
第6回「光が重なるとき、新しい色が生まれる When Lights Overlap, New Colors Are Created」 2020年9月25日~2021年4月23日
第7回「ガウディの色と形Antoni Gaudi color and form」 2021年7月9日~12月10日
第8回「陰翳の中の色彩美 -日本の伝統- 」 2021年12月17日~2022年3月25日
第9回「光が伝わる、光で伝える Reflection, Photoluminescence, Communication」 2022年6月27日~2022年10月28日
第10回「色を記録するRecording Colors」 2022年12月12日~2023年3月10日

*5 2019(令和元)年度の国際シンポジウムは、2020(令和2)年3月13日、14日の2日間の日程で開催予定だったが、新型コロナウイルス感染症拡大を受け中止となった。翌2020(令和2)年度には「第2回 国際シンポジウム2020-2021」として2021(令和3)年3月19日にオンラインで開催した。2021(令和3)年度の第3回からは対面とオンラインの併用によるハイブリッド開催に移行した。


取材協力:
義江龍一郎 教授
野口靖 教授(色の国際科学芸術研究センター長)

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