東京工芸大学
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工芸ヒストリー27

工学部の再編と芸術学部の中野キャンパス一元化

次の100年に向けて新たな時代を歩む

 本学では、写真の教育と研究を原点として、テクノロジーとアートの融合を推進し、社会に貢献するという建学の精神を引き継ぎながら、常に新しい時代を切り拓いていくために、教育改革や学部学科の改組、キャンパスの整備などを進めてきた。

工学部を2学系5コース制に再編

 2017(平成29)年、工学部では学部再編の議論が進んでいた。これからの産業界が求める人材の育成を目指し、情報処理教育を基盤とした実学教育に重点を置くことを目的として、工学部の教育改革に着手した。
 工学部は、2009(平成21)年4月にナノ化学科を「生命環境化学科」へ、2010(平成22)年4月にシステム電子情報学科を「電子機械学科」へ名称変更し、メディア画像学科、生命環境化学科、建築学科、コンピュータ応用学科、電子機械学科の5学科体制になっていた。

 政府は2016(平成28)年1月に閣議決定した科学技術の振興に関する第5期科学技術基本計画で、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する新たな未来社会を「Society 5.0」として提唱し、情報教育の重要性を示した*1。
 このような社会の動きを背景として工学部では、将来の情報を中心とする産業構造に対応し活躍できる人材を育成するため、「情報処理教育」に重点を置いた教育体系を整備しようと考えたのである。
 工学部の再編は、それまでの5学科制を「工学科」の1学科に集約し、その下に「総合工学系」と「建築学系」という2学系を設ける方針とした。1学科制を志向したのは、専門領域を越えて様々な研究分野が重なり合う現代のテクノロジーに対応して、社会や学生のニーズに合わせて柔軟な教育を実現するためである。総合工学系には「機械コース」、「電気電子コース」、「情報コース」、「化学・材料コース」という合計4つのコースを設置し、建築学系には「建築コース」を設置した。建築を別の学系に分けたのには、建築士の資格試験に対応するためである。
 学生は機械、 電気電子、 情報 、化学・材料 、建築の5つのコースのいずれかを選んで入学するが、どのコースに入学しても1年次には工学を学ぶための基盤となる共通教育を受けることができる。その中で、写真という情報メディアの教育と研究を原点とする本学の特色を活かして、工学部全体として、全ての学生に質の高い情報処理教育を施すカリキュラムを提供するようにした。また、テクノロジーとアートの融合を推進する本学の理念に基づいて、工学部においても芸術的な発想力や表現力を身に付けるため、「写真演習」や「デザイン演習」など、本学ならではの工芸融合科目を強化することにした。

 このような工学部の再編案は、岩居文雄(いわいふみお、1939− )理事長*2や義江龍一郎学長(第26話参照)を中心として理事会や教授総会などで詳細が検討され、2018(平成30)年に策定された「東京工芸大学 第2次中期計画」(2018年−2022年の5カ年計画)の中にその方針が明記された。

岩居文雄理事長

 新しい工学部では、2年次への進級時には、希望する進路に合わせてコース変更も可能にするなど、常に学生が新たな学びに挑戦できるようなフレキシブルに学修体制も整備することにした。学生は自分の将来をじっくり考えた上で、2年次以降の学びを選択し、学系・コースの枠を越えて、自分だけの学修体系を主体的に構築することができる。
 このようなオーダーメイドとも言える柔軟な学びを最適化するために、学部4年間にわたって一人ひとりの学生をサポートする「カリキュラムアドバイザー」制度も導入された。
 こうして文部科学省への学科再編の申請を経て、2019(平成31)年4月、未来を見据えながら本学ならではの特色ある教育を強化した、新たな工学部がスタートを切ったのである*3。

工学部再編に合わせて製図室(上)やラーニングコモンズ(下)など施設のリニューアルを進めた

芸術学部を中野キャンパスに一元化

 同じ時期、芸術学部でも大きな変革に向けた機運が高まっていた。1994(平成6)年4月に、写真学科、映像学科、デザイン学科の3学科体制で誕生した芸術学部は、絵画や彫刻といった伝統的な美術教育から始まった他の美術系大学とは一線を画し、写真を原点とした、テクノロジーとアートを融合した「メディア芸術」の教育と研究に特化した唯一無二の芸術学部であった。21世紀に入ってさらに学科を拡充し、2010(平成22)年には、写真学科、映像学科、デザイン学科、インタラクティブメディア学科、アニメーション学科、マンガ学科、ゲーム学科という現在につながる7学科体制へと発展していた。

 しかし当時の芸術学部は、主に1、2年次は厚木キャンパス、3、4年次は中野キャンパスで学ぶというダブルキャンパス制で授業を運営していた。
 芸術学部にとってダブルキャンパス制は、工学部と芸術学部の交流や、教育スペースを確保するという観点からはメリットが大きかったが、一方で中野キャンパスと厚木キャンパスを移動する教員や学生の負担は大きく、また学生生活においては、学年を越えた先輩・後輩関係によるアドバイスや刺激を受けにくいなどの課題もあった。そのため芸術学部では中野と厚木に分かれたダブルキャンパス制を解消し、どちらかのキャンパスに一元化することが好ましいという意見が早い時期から出ていた。

 そうした状況の中で創立90周年記念事業として、2009(平成21)年から2014(平成26)年の6年間にわたって、芸術学部の一元化を視野に、教育・研究環境の整備、刷新を図るという大規模な中野キャンパス再整備計画が実行された。これにより中野キャンパスは最新の機器や施設を備えたメディア芸術の拠点として生まれ変わっていた。

創立90周年記念事業として進められた中野キャンパス再整備

 2014(平成26)年12月27日、政府は人口急減・超高齢化という課題解決に向けた政策を進めるために「まち・ひと・しごと創生総合戦略」を閣議決定した。さらに地方創生に向けて2017(平成29)年6月に「まち・ひと・しごと創生基本方針」を公表し、その中で、首都圏への一極集中を是正するため、東京23区内では私立大学の定員数を抑制するという施策を打ち出した。
 こうした施策が制度化されることは、長年にわたって検討を進めてきた、中野キャンパスの定員を増やして芸術学部を一元化するという計画が水泡に帰すことを意味した。そこで岩居理事長は直ちに芸術学部を中野キャンパスに一元化する方針を示した。2017(平成29)年7月のことである。
 芸術学部の中野キャンパスへの一元化に向けて行動を開始した本学は、学生を収容する教室数やカリキュラム、施設設備に関してシミュレーションを行った。そして、中野キャンパスの施設を再構成し、一部施設を拡張することで、厚木キャンパスで学んでいる芸術学部の全ての学生を収容して一元化することは可能と判断した。
 岩居理事長は2017(平成29)年9月の両学部教授総会で、2019(平成31)年度から芸術学部を中野キャンパスに一元化する計画を発表し、同月の理事会において計画は正式に承認された。
 それまで二つのキャンパスで並行して運営されていたカリキュラムや教育施設を一元化するためには、多くの見直しや調整作業が必要になった。この作業の陣頭指揮を執ったのは当時芸術学部長で、後に学長となる吉野弘章(よしのひろあき、1965− )*4だった。本学にとって百年の計とも言えるこの一大プロジェクトに、芸術学部の教職員は一丸となって取り組み、カリキュラムの再編や既存施設の改修計画は順調に進んだ。

吉野弘章学長

 2018(平成30)年10月に施行された地域大学振興法で、東京23区に所在する大学は学部・学科の定員を増やせないという「23区規制」と呼ばれる制限がかけられたが、本学芸術学部の一元化による中野キャンパスの増員と拡張は既に進行中の計画として規制の対象外となった。

芸術学部の中野キャンパス一元化にあたって制作したポスター、2018(平成30)年

 一元化に向けた教育施設の拡充策として中野キャンパスには、課外活動のためのクラブハウス棟として7号館、学生支援施設と基礎教育の研究室棟として8号館が新た増設され、さらに新たな校地を取得して、運動ができる多目的ルームやアクティブラーニングルーム、ギャラリーなどを備えた6号館が建設された*5。

中野キャンパス一元化に合わせて新設された6号館

 こうして2019(平成31)年4月に芸術学部の学生と教員は中野キャンパスに集結した。中野キャンパスは、芸術学部の7学科が専門とする写真、映像、デザイン、インタラクティブメディア、アニメーション、マンガ、ゲームなど、日本が誇る文化であり大きな産業でもあるメディア芸術の拠点として、利便性の高い都心の一キャンパスで学びと研究を続けていくことになったのである。

次の100年に向けて

 厚木キャンパスにおける工学部の再編と、芸術学部の中野キャンパスへの一元化という両学部の改革を通じて、本学は新たな成長の段階へ入ったといえよう。折りしも新たな体制で本学が始動した2019(平成31)4月1日は、元号が「令和」になることが発表された日であった。
 1923(大正12)年の創立以来の理念であるテクノロジーとアートの融合を実践して教育と研究を続けてきた本学は、今年2023(令和5)年に創立100周年を迎えた。その歩みは止まることなく、次の100年に向けてさらなる進化と発展を続けていくのである。

註:
*1 情報社会に向けた政府の戦略
経団連は2018(平成30)年11月に発表した「Society 5.0 -ともに創造する未来-」で、Society 5.0を「デジタル革新と多様な人々の想像・創造力の融合によって、社会の課題を解決し、価値を創造する社会」と再定義し、「創造社会」と呼んだ。また、2019(令和元)年6月に内閣府は、人・産業・地域・政府の全てに人工知能(AI)を浸透させ、日本が直面する課題を克服して強みを活かして将来を切り拓くことを目的とした「AI戦略 2019」を策定している。

*2 岩居文雄
1939(昭和14)年、東京生まれ。1963(昭和38)年に学習院大学理学部卒業後、小西六写真工業(のちのコニカ株式会社、現コニカミノルタ株式会社)入社。2000(平成12)年、代表取締役専務、2001(平成13)年に代表取締役社長。2003(平成15)年、コニカミノルタホールディングス株式会社(現コニカミノルタ株式会社)の取締役代表執行役社長就任。2006(平成18)年、取締役会議長。2007(平成19)年2月に学校法人東京工芸大学理事・評議員、2011(平成23)年4月に理事長に就任。

*3 工学部のさらなる特色の強化
2024(令和6)年4月から工学部工学科はさらなる変革を遂げる。学系を「情報学系」「工学系」「建築学系」の3つに分け、情報学系にはこれまで同様の「情報コース」を設置するが、「データサイエンス分野」「AI・コンピュータサイエンス分野」「画像・写真応用分野」の3つの分野を設け、特色ある教育を強化する。工学系には「機械コース」と「電気電子コース」、建築学系には「建築コース」を設置し、建築コースの中に「建築デザイン分野」「建築構造分野」「建築環境分野」を設けて、より学びのフィールドを分かりやすくした。

*4 吉野弘章
1965(昭和40)年東京生まれ。1985(昭和60)年に東京工芸大学短期大学部写真技術科を卒業後、写真専門ギャラリーにて写真展の企画や運営を手がける。2002(平成14)年に東京工芸大学大学院芸術学研究科博士前期課程を修了。2004(平成16)年より京都造形芸術大学(現在の京都芸術大学)教員を経て、2009(平成21)年より東京工芸大学で教鞭を執る。2015(平成27)年4月から2020(令和2)年3月まで芸術学部長を務め、2020(令和2)年4月、本学出身者として初めて東京工芸大学学長に就任した。

*5
中野キャンパスの既存施設の改修と新棟の建設は、2018(平成30)12月に文部科学省に届出され承認された。中野キャンパスの6号館、7号館、8号館は着工順に番号が付けられているが、最も規模の大きい6号館の完成が最後になり、竣工は2020(令和2)年3月である。

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